昨年秋に京都に引っ越してきて、早1年。
すでに色々なことがあったなあ。長いような、短いような。
置かれた環境への適用力はある方だと思っているけれど、京都の雰囲気にはなぜか少し時間がかかって、1年ほどして、ようやく京都マチナカ生活に慣れてきた。
考えてみりゃ、大阪と東京しか、長く暮らしたことがないから、京都のような落ち着いた古都は初めてなわけで、そりゃ戸惑うわね^^汗
でも最近ね、感じるんですよ。
「腹が据わってきた」ような感覚を。
ずーっと、どこに行ってもソワソワしてたんですよね。
落ち着かないな〜
お尻が浮きそうだな〜
ホッとしてる実感がないな〜と。
思ってたんです。ここ1年くらい。
ここ(京都)って、ほんとに私の居場所なんかしら?って。
でも1年ほどそれをやって、思い出しましたね。
居場所になるもならないも、それは本人(わたち)のあり方次第やってこと。
こちらから体を投げ出すというか、町や人に、肩肘を張らずに、ふわりと溶け込みにいくってことを怖がっていたのかもしれない。
元来、怖がりなんでね。
でもそういえば、駒沢から高円寺に引っ越した1年目も、そうだったな。
最初の1年は、あまり高円寺の町に出てなくて、高円寺に友達もいなくて、ちょっと当時にしては背伸びした物件を借りてしまったことや、自分で選んだことだとしても生活環境の急激な変化もあって、毎日の生活を続けていくのに必死だった。
町になじむどころやなかったんでしょうね。
2年目くらいから、町のお店に行き始めて、友達もできて、お仕事も頑張って収入も増えて、絵も描いての日々だった。
京都も、おそらくは、そんな感じになるのでしょう。
この、「2年目あたりから適応していく法則」に則るとすれば、京都の暮らしももう少しで板につき始め、お友達が増え始め、お金も増え始めるのです。
そうです、私はオプティミストです^^
でも高円寺の時より、もちろん数年分、年齢も重ねているし、人との付き合い方とか、いわゆる人の見定め方も、ある程度学べているので、その辺りは高円寺の時よりやりやすくなってる。
その自分への安心感というか、自信も、ありますね。
要は自分にも他人にも、丁寧に、謙虚に、やっていけばいいわけです。
たまに無性に食べたくなる寺町のペルガグさんのエスニックプレート。
自転車での通りがかりに見つけて、気に入りましたNAKAMURA GENERAL STORE。ここのマフィンはしっとりしててパンというかプディング風という感じ。焼き菓子好きとしては通って色々おなかにダンクしたいものです。
とまあ、こんな感じでいいお店も開拓していきましょう。