浴室乾燥とおなかの痛い日(2022年の京都にて)

浴室乾燥とおなかの痛い日(2022年の京都にて)

2022年の日記を再掲。

当時の京都の部屋で、なんか不思議なことしてたようだ。あほなのでこちらにも再掲。

2021年に東京から引越して、京都で借りた部屋には、浴室乾燥機能がついていた。

お洗濯ものは、断然お陽さまの下で干すことに常々こだわってきたが、そんな信念は京都にきて、あっさり捨てた。

浴室乾燥は、冬場でも2〜3時間あれば洗濯ものが乾くので、便利。気にしていた洗濯ものの生臭さもなく、京都に来てひとつ、文明の利器を手に入れた。

こだわりというものは、ときに曲者。少なすぎると味気ないし多すぎても生きにくい。よって、「これだけは譲りたくない」以外は、スイスイと主張を変える感じでよいと思う。だって私は気まぐれだし女だし。

京都では、市内中心部でもきっちり雪の積もる日がある。

寒さが骨身に染みる。

そんな中、わたしは今、乾いていく洗濯ものと共に、浴室にいる。なぜならここが、今我が家で最もホットなスポットだと気づいたからです。

洗濯ものたちが、ぬくぬくとあたたかい思いをしていて、家の主であるこのわたくしが、暖房をつけて、足にはあったかルームソックスを履きレッグウォーマーまでつけているなんて滑稽。

何で洗濯ものが、主よりあったかい思いしてんだ~~よ!

しかも今日は生理2日目で、おなかも痛い。家を出れそうにもないので、京の友達が丸太町でしている展示を観に行くのも、先程諦めたのである。

そして巣篭もりを決めた部屋で、七十二候の第10候「雀始巣」の図案ラフを描いたりしていたが、そもそもおなか痛くて普通の状態じゃないのに、まだ頑張ろうとしてるのがナンセンス、今日は思い切り、自分を甘やかそうじゃないのと思い立ち、ペンを置き、一番あたたかいこの浴室にやってきたのだ。

生理に冷えは禁物。浴室は今一番あたたかい場所。

こうなったら、この場所でしたいことをしようと思い、浴室で温風を浴びながら、田辺聖子を読んだり、また思い立って、今こうやってアホなブログをかいている。何ならここで、さっきとんがりコーンも食べた。

普段何となく、自分の中の暗黙の了解で「しないこと」は、「しちゃいけないこと」ではないのだ、たぶん。もう大人なんだから、したいことをすればよいのです。

ひとつまた、大人の階段を登った。たぶん踏み外してはいないと思う。

田辺聖子を読んでいたら、贅沢と幸福のちがいについてかかれている部分があってふむふむ、と納得。 たぶん今日の私のチョイスは、幸福のほう。

そしてわたしは、文章をかくとき、その時読んでいる小説家などの書き癖がすぐ感染る。今読み返すと、これは田辺聖子の書き癖ぽくなっているなぁ。。

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